妄想教の紹介

2017/12/19

「共通の認識が現実ならば、自分だけの妄想こそが真実である」

 

 妄想教は俺の類稀なる妄想力が生み出した新たな宗教だ。

 ある日、俺はとあるエロゲ原作アニメを見て妄想で嫁を顕現する技巧を目の当たりにした。

 未だ学生だった俺にはあまりに衝撃的で、当時から二次元愛好者だった俺はまさに目から鱗、「その手があったかぁ~」といった感じだった。

 

 それから数年後、今度は<おちごと>によって幼女化した不幸なおっさんの立てた某大型掲示板のスレッドにて、タルパという技巧があることを知る。

 そして俺も脳内嫁でタルパする日々であった。

 

 さて、脳内嫁とはつまり妄想である。

 嫁が妄想で済ませられるなら、友人も知人も盟友も朋友も同胞も、全て妄想でいいのではないか?

 もっというなら人生さえ妄想で0から創りだして、自分の望む人生を、この責め苦のような現実の中に、せめてもの救いと希望を見出せるのではないか?

 そんな妄想が暴走して出来上がったのが、この妄想教なのである。

 

 宗教といえば皆が一歩後ずさるであろう昨今、俺の妄想教は崇めるべき神を自分で決められるので、これは宗教というより、思想に近いのかもしれない。

 ではここで妄想教の教義、というよりコツをいくつか列挙する。

 ちなみにリアルが充実している人間には妄想教は必要とされないので存分にリアルを楽しんでいればいいと思う。

 

1.現実への執着を捨てる。現実を懐疑し、諦観し、価値観は妄想に重きを置く。

2.おわり。

 

 終わりである。つまり現実に生きているにもかかわらず、現実に対してのこだわりを捨てようということだ。

 現実で無理にこだわりを実現させようとすると、かならず疲労し、挫折したりする。挫折は心の疲労骨折なのだ。

 なので、こだわりの全てを妄想に詰め込み、心の安息地、安住の地、理想郷を築き上げよう趣旨だ。

 中国でいうところの武陵桃源、いわゆる桃源郷の思想が確か似た感じだった気がする。

 

 さて、妄想教を志すと現実にどのような影響をもたらすか。

 まずこだわりが無くなるので、現実に対して無駄に期待して無駄に落胆するようなことがない。

 宝くじが当たらなくても、仕事でどれだけ無能と罵られようと、自分には妄想という帰るべき場所がある。

 もちろん妄想世界に住む自分も妄想なので、無能ではないし、褒めてくれる脳内嫁や友人もいるので、現実の絶望が軽くなる。

 

 また、彼女・彼氏も妄想で事足りるので、出費が減る。

 妄想なら浮気されることもないし、デートの費用も一人分。結婚生活も面倒な血縁を全て無視できる。

 唯一の欠点としては実際にまぐわいが出来ないというところだが、頑張れば妄想で事足りる。

 

 これからは妄想教の観点からも様々なことにちょくちょくと語っていきたいところである。妄想教の良さが広まることを信じて。